退院しました
2015/08/26
お陰様で無事に退院しました
私だけではなく、NICUに入院した時は2週間から1ヶ月位の入院になるだろうと言われていた赤子も驚異的な回復を見せ、一緒に退院できました

2つの病院で2週間、入院していたわけですが、退院時には猛暑から一転、青森はすっかり秋になっておりました
どなたか使わなかった自然分娩用キッド欲しい方がいれば差し上げます

テニスボール!

円座クッション!

そして、大量のウィダーインゼリー!

手術当日の夜から、何も分からぬまま母乳トレーニングが開始されていたようです。(寝たまま搾乳機を装着…)
翌朝

お、お腹が痛いです…

(今考えると後陣痛なのか、傷なのかはわかりません
)寝返り打てないし、起き上がれません

物心ついてから、シモの世話を受けるのは初めてです。
でも、そんなの気にならないくらい痛い…

ずっと寝ていられるのであれば何とか耐えられるかな…
と思っていたところ、回診でお医者さんにお腹を押され、
『子宮の戻りも傷も順調そうですね。しっかり歩いてね!
今日の目標はトイレかな?』
『この激痛で一体どうやって…
(心の声)』でも、そう言われると、弱音は吐けないし、NICUにいる我が子にも会えない?
目の前のトイレが果てしなく遠く感じられます。
パラ🔵ウントベッドの力を借り(これの偉大さを実感!)、何とか起きあがり、脂汗をかきつつトイレへ…
まずは行って戻ってくる練習です。
『あら〜田村さん朝からすごい‼️
動けるならもう尿カテーテルいらないね
』とカテーテル抜かれましたが、後でこのカテーテルには大変お世話になっていたことに気づくのでした

(トイレに行かなくて済んでいた)
カテーテルを抜き、死ぬ気でトイレをすませると(あまりに苦しいので、手を洗わずに済ませようとしたら看護師さんに注意をうける…恥)
『あら、痛みに強いね〜。この調子だと痛み止めもいらないね
』そう言われると、
『痛い、寝かせてくれ、痛み止めくれ』
などといった弱音がどんどん言いづらくなってきます。
つくづく損な…
あと、産んだら体重がどれだけ減るんだろうか?と産む前はかなり気にしていましたが、全く気にする余裕なし

体重、体型、その他オシャレ等気を使えるのは、健康体あってである‼️と強く感じました。

しかし、気になるのは産まれてから20時間位会っていない我が子です…
病室からNICUまでは200メートル位あるので、自力では到底歩けず車椅子での移動となるので、
看護師さんの手があくのをじっと待っていました。
出産から22時間ぶりに対面した我が子。

どうやら、私の体内で苦しくなって便をしてしまい、それがなんと体内に入り、呼吸障害と感染症が発生しているとのことでした。
私が、予定日超過でイライラしている間、そんなに苦しい思いをしてたなんて…
気付いてあげられなくて本当にごめんね

泣けました…

そして自分しかお見舞いに行けないのに、自力で会いに来てもあげられないとは…

ひとしきり泣いて、夫にも電話したあと、(遠く離れた東京にいるのに申し訳ない事をしました)
・泣いてどうにかなるわけではない
・先生を信じよう
・母子同室になったときのために、体力回復めざそう
上記のように気持ちを切り替える事にしました。
その後、赤子は入院3日目くらいで管が取れ、私の病室にも来れるようになり、
4日目位から母子同室となったのでした。
その頃にはお腹の傷の痛みもだいぶ和らいでいたので、
息子なりの親孝行だったのか?と思うようにしました

しかし息子の病状とは関係なく、スパルタ母乳指導は続きます

もはや「胸」ではなく「おっぱい」…

ただでさえないのだから、そんなに引っ張らないでくれ…と思うのですが、言えません

個室なので他のママさんたちがどの程度耐えているかもわかりません。
スパルタの甲斐がありなんとか母乳は出るようになりましたが、
今度は痛みとの戦いです。
皆がやってる授乳がこんなに辛いものとは…
先輩である妹は
「1ヶ月くらいすれば痛さもなくなるよ」と…
たまたま見つけましたが…
こういうボインでスタイル抜群な外人さんのオシャレな授乳ってありえないから⁉️
と、つい突っ込みたくなりました。笑
育児は今のところのんびりマイペースにやっております


こんなに元気になりました


田村真季